>
このウォークの地図

上京の名建築物を訪ねる

普段何気なく通り過ぎる街角に、当たり前のように佇む素晴らしい建築物があります。
各々文化財に指定されているそれらの建築物が、語りかける風雪に耐えたを聞いて
みたいと思います。                                        

  同志社

新島襄(184390)により創立。新島襄は,元治元年(1864)に渡米し,さらに大使岩倉具視一向に加わってヨーロッパ諸国を視察して見分を世界に広めて明治7年に帰国,翌8年に同志社英学校を開校します。翌年の9年には相国寺門前の薩摩藩屋敷跡に同志社大学のレンガ造りの校舎を建てます。同志社は同志の社あるいは結社の意味。名付け親は,新島襄の片腕になって設立に尽力した山本覚馬といわれています。現在では5棟(彰栄館 礼拝堂 ハリス理科学館 有終館 クラーク記念館)が国の重要文化財に指定されています。

・彰栄館 − 明治17年竣工 設計者:D.Cグリーン
宣教師で教師,理事でもあったアメリカ人・D.Cグリーンの設計,京都市内に残る最古の煉瓦建築。ゴシック様式のランセット・アーチ(尖塔アーチ)の窓を持ち,特色ある塔屋は鐘塔と時計塔を兼ね,1887年の銘板がある時計機械が納められています。

・礼拝堂 − 明治19年竣工 設計者:D.C.グリーン
急勾配の切妻屋根が特徴で,明治期の教会堂としては最も古く,アメリカンゴシックの美しい姿は同志社の象徴的存在です。現在は,礼拝,講演会,卒業生の結婚式等に利用。

・ハリス理化学館 − 明治23年竣工 設計者:A.N.ハンセル
理科学部の創設を目指し,アメリカの実業家・J.ハリスの資金援助により建設された。設計は神戸居留地を中心に活躍したイギリス人・ハンセルで,イギリスでも一流の建築家であり,当時のイギリス建築技術・デザインをそのまま持ち込んだ名建築です。
現在は,学外向けの情報発信の場となっています。

・有終館 − 明治20年竣工 設計者:D.C.グリーン
元来は,書籍館(しょじゃくかん)と呼ばれる図書館として建てられた校舎。アメリカ風のゴシックですが,黒煉瓦の横線を入れるなど装飾性の強い建物です。
現在は法人事務部と大学の事務組織が利用しています。

・クラーク記念館 − 明治26年竣工 設計者:R.ゼール
アメリカの資産家・R.W.クラークの寄付金により神学館として建てられた校舎。設計したのは,日比谷の官庁街設計のために招聘されたエンデ=ベックマン事務所の筆頭技師のドイツ人・ゼール。八角の塔を持つドイツ風のネオゴシックの重厚な様式で,キャンバスの赤煉瓦校舎の中で,最も華やかな建物です。設計図や工事仕様書が保存されているのも貴重です。現在は,教室利用だけではなく,キリスト教主義教育の場として利用されています。また,館内のチャペルは結婚式場としても利用されています。

このほか大正9年の啓明館や,武田吾一が設計した栄光館と昭和7年に建てられたヴォーリス建築事務所のァーモスト館など長い期間をかけて様々なタイプの建築家により建物が設計されています。同じ洋風校舎でも多彩なデザインを体験できるのが,同志社キャンパスの大きな魅力です。


   京都市考古資料館



大正4年竣工 設計者:本野清吾
元は西陣織物を展示する西陣織物会館。煉瓦造り三階建ての寄せ棟屋根に玄関ポーチをつけ,外壁から装飾も凹凸も排除した,様式主義が主流であった大正初期とは信じられないほど斬新な手法が用いられています。昭和51年に堀川今出川下がるに西陣織物会館が完成した後,京都市が保有し,京都市登録有形文化財として保存が図られています。


   西陣電話局本館



大正11年竣工 設計者:岩元禄
官庁建築とは思えない壁面装飾に覆われた旧西陣電話局は,大正11年岩元禄の設計により建設されました。岩元禄は29で夭折した逓信省建築技師で,彼が手がけた3点の建築の内現存する唯一の建物です。鉄筋3階建ての正面には3本の円柱の上に裸婦のトルソを置き,半円形の側面には48枚の踊る裸婦のレリーフが貼られ,東側のひさしの下面にも72枚の踊り子のレリーフを貼り付けています。二階の出窓も三階のベランダにも機能的な意味合いもなく隅々まで既成の約束事に逆らった設計となっています。建築も絵画・彫刻と同じように,作者の美意識や情念の自由な表出が有るべきでは内かと言う若い建築家の思いが具体的な形態として提示した最初の建築がこの電話局です。この電話局は,規模の上では小さい建物ですが,それが歴史の中で有している意味は極めて大きいものがあります。そのため,京都市登録文化財から国の登録文化財になったのも頷けます。


   堀川第一橋




堀川については,諸説ありますが,最近では平安京の街路にあわせた人工の川といわれるようになってきています。
堀川第一橋は中立売通に架かる石造りのアーチ橋ですが,欄干の親柱に明治63月の刻銘とともに,京都府知事長谷信篤・京都府参事楠村正直の名に加えて,建築主任や白川村の石工の名もみられます。川岸を見ると,昭和36年まで走った北野線の狭軌の電車の橋台の跡が見られます。




   京都府庁旧本館



明治37年竣工 設計者:松室重光 久米正道 一井久平
京都府庁のある場所は幕末に幕府の京都守護職が置かれた所で,明治18年に京都府庁が二条城から移転してきました。旧本館は明治37年に京都府技師の松室重光らの設計によって建てられ,現役の府県庁舎では最古のものであるところから,平成16年に重要文化財に指定されました。ネオルネサンス様式,ロの字平面で,上階前面に正庁,背面に議事堂という形式が一般化する最初の建物です。多くの装飾が建物の威厳を高めています。


   京都府警本部



昭和4年竣工 設計者:京都府営繕課
建築面積が1000平方メートルに達する巨大な建物を単純な箱型にまとめています。壁面に一切の凹凸をつけない合理主義的な発想が貫かれており,装飾的要素は中央部に限定されています。玄関のロマネスク風の半円アーチが堂々たる迫力で建物を引き締めています。





   聖アグネス教会聖堂




明治31年竣工 設計者:T.M.ガーディナー
三廊式バジリカ型の聖堂で,袖廊の小さい左右非対称の礼拝堂と,烏丸通りに面する東北角にある三層の鐘楼が特徴です。設計者のアメリカ人T.M.ガーディナーは立教大学校長として来日した建築家で長楽館など名建築を残しています。煉瓦造りの聖堂としては歴史的に貴重な建築であり,昭和60年に京都市登録有形文化財に指定されています。






   大丸ビラ

昭和7年竣工 設計者:ヴォーリズ建築事務所
大丸百貨店店主,第11代下村正太郎の居宅として建設。当時,日本化していく洋館の中で,イギリスチュードル(チューダー)様式でまとめられていることから「中道軒」と名付けられていました。1925年に建てられたロンドンの有名百貨店リバティがその大店舗をチューダー様式で建てられていて,下村氏がこれに触発されて建設したといわれています。構造は実は鉄筋コンクリートで木骨(ハーフティンバー)や石壁は張りボテですが,チューダー様式的な特徴の再現は徹底していて,綿密さと正確さでは,近代日本の洋風建築のうちでも屈指の建物といえます。京都市の登録有形文化財になっています。


12月16日(日)112人の方と、ガイド29人が参加して御所周辺を歩きました。(洛北支部)

Copyright (C) 2000 KYOTO SHISEKIGUIDE VOLUNTEER KYOKAI and KAMO SQUARE. All RightsReserved