2001.5.29

今日は天気がよく,絶好のハイキング日となった。比良は蛇谷ヶ峰から武奈へと歩くべく出町柳に降りたが,朽木行きのバスは7時40分頃に出発していた。第2予定のキララ道から比叡,横川へと歩くことにする。比叡山鉄道の修学院駅で下車,支度を調えて9:00出発だ。

 まもなく修学院離宮と別れてキララ坂にさしかかる。キララ坂とは,雲母の鉱石が産出したとか京都から比叡山を望むと坂の上に雲がかかっていたとの言い伝えがある。深く彫れて雨の日には急流となるであろう山道を行く。天台宗の大寺院への近道キララ坂は,最澄をはじめ,法然,親鸞,道元や日蓮など数多の名僧がこの道を通ったことか。また,後醍醐天皇や足利尊氏,楠正成,織田信長も駆け抜けた道であろう。

 木立の中を高度を上げると,左に岩倉の町並みが見えてくる。一文字に延びる幡枝線の寄り添うように国際会議場,プリンスホテルが落ち着いた佇まいを見せている。水音と別れ暫く行くと千種忠顕碑に着いた。南北朝時代足利尊氏に攻められた後醍醐天皇は,比叡山で防御にあたり滋賀側坂本に主勢力を展開していた。キララ坂の守備隊千種卿の僧兵等3千余りを足利軍が奇襲し,卿はここに戦死したといわれる。戦とは常に敵の弱点を奇襲することにあるのだろう。荒れた碑にツツジがひっそりと咲いている。

 やがて黄色い声が聞こえ,ケーブル駅に到着,園児の団体をやり過ごす。10:30スキー場に着く,ゲレンデには夏草が生え,ビュッフェも自販機も閉鎖されている。大比叡北側をを巻いて比叡山ドライブウェイを交差,山王院から浄土院へと階段を下る。この静寂で掃き清められた石段は凛としており,学僧達に仏の道に進む決意を高揚させたことだろう。杉の大木の中朱塗りの担い堂を過ぎ,やがて玉体杉の広場で昼食とする。11:35
 京都市内北側が加茂川を中心として俯瞰できる。また東側には琵琶湖が一部顔を見せ,北には横高山の秀麗な姿も覗く。比叡で最もくつろげる空間だ。コーヒーがうまい。

 12:15出発,横高山へのコースと分かれ横川へ向かう。やがて横川中堂の伽藍が見え元三大師堂へと行く。ここの扁額は後水尾天皇揮毫といい,織田信長の焼き討ち後寛永の頃再建されたものだろうか。隅々まで掃き清められていた。

 横川を後にして,坂本へと下る。比叡山高校の横から日吉神社へと出ると,穴太積みの石垣が続く日吉神社参道を下ってJR叡山駅に着いた。14:30
 オチマイ(^^)/


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たくまろの世界    野宿と山歩き