創始者の秦伊呂具(はたのいろぐ)が,餅を的に矢を射ると,餅は白鳥となって山の峰に飛び去った。この場所に稲が生えたので社を営み,イネナリ社としたという。また,この地は元は藤森神社の所有であったが,稲荷社が藁の置き場として一部を借用したいというので,藤森神社が承諾すると,稲荷社が藁を一本ずつ繋ぎ合せて広大な敷地を取られたとか。なかなか面白い。
たくまろの世界 京都歴史うぉっちんぐ